中学受験はかわいそう?長男の受験を通して感じたこと
「中学受験って、かわいそうじゃない?」
長男の中学受験を考え始めた頃、かけられた言葉です。
そして、その言葉に一番揺れていたのは、他でもない私自身でした。
小学生なのに塾通い。
放課後は友達と遊ぶよりも宿題。
週末はテストや講習。
こんな生活をさせてまで、本当に必要なのだろうか。
それは、親のエゴなのではないか。
そんな思いが、何度も頭をよぎりました。
親のエゴなのではないか、と何度も考えた
中学受験を意識し始めた頃、私の中で一番大きかったのが
「これは親のエゴなのではないか」という不安でした。
周りがしているから。
選択肢を広げてあげたいから。
将来のためになると思ったから。
理由はいくらでも並べられます。
でも、それは本当に子どものためなのか。
親である自分を納得させるための理由なのか。
答えは、簡単には出ませんでした。
中学受験を始める前に、必ず伝えたこと
だからこそ、中学受験を始める前に、ひとつだけ大切にしたことがあります。
それは、
地元の公立中学という道もあること。
そして、中学受験という選択肢もあること。
どちらが正解かではなく、どちらも選べるということを、長男にきちんと伝えました。
最終的に「やってみたい」と決めたのは、長男自身です。
それでも親として、本当にこれで良かったのかという迷いは、最後まで消えませんでした。
「かわいそうじゃない?」という視線が一番つらかった
正直につらかったのは、
勉強そのものよりも、
まわりの小学生から向けられる言葉や視線でした。
「なんでそんなに勉強してるの?」
「中学受験って、かわいそうじゃない?」
わが家の地域は、
中学受験がさかんな場所ではありません。
そのため、勉強している=まじめすぎる
そんな空気を感じることもありました。
悪気がないと分かっていても、
その言葉を聞くたびに、
やっぱり親のエゴなのではないかと、
胸の奥がざわつきました。
本当は、
「かわいそう」じゃなくて、
「頑張ってるね」
そう言ってほしかったです。
勉強は大変そう。でも、塾は嫌いじゃなかった
もちろん、勉強は楽ではありませんでした。
成績に悩み、テスト前はピリピリすることもありました。
それでも長男は、勉強は大変そうでも、塾そのものを嫌がることはありませんでした。
同じ目標を持つ友達や、先生との時間が、支えになっていたのだと思います。
今だから分かること
今、長男ははっきりと言います。
中学受験をして、本当に良かったと。
その言葉を聞いたとき、
親のエゴだったのではないか、という不安が、少しだけほどけた気がしました。
地元の公立中学に進んだ子たちを見て思うこと
地元の公立中学に進んだ子たちが、今、遅くまで塾に通っている姿を見ると、ふと思うことがあります。
どの道を選んでも、結局はそれぞれの場所で努力が必要だったのかもしれない、ということです。
中学受験をしなかったから楽、
そんな単純な話ではないのだと感じています。
親としての後悔もある
ただ、後悔が全くないわけではありません。
中学受験と並行して別の習い事も続けていたため、正直、余裕はありませんでした。
今振り返ると、塾一本にして、もう少し気持ちの余白を作ってあげた方が良かったのではないかと思うこともあります。
これは、親としての反省です。
中学受験はかわいそうなのか
中学受験がかわいそうなのか、親のエゴなのか。
その答えは、家庭や子どもによって違うのだと思います。
少なくとも我が家の場合、楽な道ではなかったけれど、長男が自分で選び、今「良かった」と言えている経験でした。
今、悩んでいる方へ
もし今、
中学受験はかわいそうなのではないか。
親のエゴなのではないか。
そう悩んでいるなら、
その気持ちはとても自然なものだと思います。
迷いながら決めること自体が、
すでに子どもを大切に思っている証拠です。
エゴかどうかは、
正直、やってみないと分かりません。
わが家も、長男の中学受験が合っていたからといって、
次男にも同じように合うとは限らないと感じています。
だからこそ、
その時その時の子どもの様子を見ながら、
立ち止まったり、考え直したりしていいのだと思います。
たとえ周りから
「親のエゴじゃない?」
そんな冷たい視線を感じることがあったとしても、
一歩を踏み出したことに、
うしろめたさを感じる必要はありません。
この体験談が、
誰かが考えるきっかけのひとつになれば嬉しいです。
まとめ:中学受験が「エゴかどうか」は、あとからしか分からない
中学受験は、
始める前から正解・不正解が決まっているものではありません。
やってみて初めて、
子どもに合っているか、
家庭に合っているかが見えてくるものだと感じています。
周りの声に揺れたり、
「親のエゴなのでは」と悩んだりするのは、
それだけ子どものことを真剣に考えている証拠です。
大切なのは、
世間の評価よりも、
その時その時の子どもの表情や気持ちに目を向けること。
中学受験を選んだことも、
選ばなかったことも、
どちらも間違いではありません。
迷いながらでも、考えながらでもいい。
親子で向き合った時間そのものが、
きっと無駄にはならないと思います。


